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連載企画「次世代の日本を担うビジネスリーダーへ 」

連載企画「次世代の日本を担うビジネスリーダーへ 」

第1回:これからの日本に求められる産業と教育のあり方

——元日産自動車COO志賀俊之氏と半導体研究の第一人者 寒川誠二先生に聞く、教育と産業のあり方

「日本の未来を明るいものにするために頑張っている方々」を訪ね歩く本連載の第1回。今回は、以下の3名で、日本の未来について語り合いました。


プロフィール(敬称略)

志賀俊之

日産自動車にてルノーとの提携や「日産リバイバルプラン」を手掛け、最高執行責任者(COO)としてカルロス・ゴーン氏のもとで経営再建の中枢を担う。その後、官民ファンドの産業革新機構(現INCJ)代表取締役会長兼CEOとして日本のスタートアップ育成に貢献。現在は複数のスタートアップやVCでアドバイザーを務める傍ら、ダイヤモンド・オンラインで『志賀見聞録 自動車産業の半世紀とミライ』を連載中。

寒川誠二

半導体微細加工技術の世界的研究者。NECの筑波研究所で半導体に関する最先端研究を行い、東北大学で長年教授を務めた後(現・同大学名誉教授)、台湾の国立陽明交通大学教授兼台日交流推進室主任に就任。台湾の教育・人材育成の哲学と、高度な半導体エコシステムに深く通じ、日台の産学連携や日本の大学・スタートアップを呼び込むインパクトファンド構想に尽力している。

小山剛生

株式会社フェローシップ代表取締役社長。慶應義塾大学法学部卒業後、株式会社リクルート入社。2004年に株式会社フェローシップを創業。2021年よりHSK日本実施委員会委員およびHSK就職支援室室長就任。2025年より一般社団法人日本青少年育成協会理事および国際交流委員会委員長就任。 日本の労働者人口減少という社会問題の意識のもと、本連載を発案し、業界を超えた対話を重ねている。


序 「株式会社日本」の経営戦略とは?

小山:本日はありがとうございます。最初に、私がこの鼎談をお願いした理由からお話しさせてください。私がずっと関心を持っているのは「日本を株式会社として例えると、何をやっている会社なのか?」という問いです。昔は自動車、一時期は半導体が日本の顔であり、今はインバウンドとも言われます。しかし、人口は減り、若い人たちが未来を感じにくくなっているのではないでしょうか?そのような問題意識を持っていたときに、寒川先生のセミナーで台湾のエコシステムの話を聞いて、日本の半導体はまだ復活できるのではないかと思い、先生に声をかけたのです。「どうやったらできるのですか」と。

寒川:正直に「今すぐには復活は難しい」と回答いたしました。

小山:その「今すぐにはできない」理由を、今日は教育、産業、そしてエコシステムという順番で掘り下げていきたいと思います。志賀さんは先日、寒川先生のご案内で台湾を訪問されたそうですね。

志賀:わずか1泊2日でしたけど、人材育成に対する取り組みが日本とは全く違うと、肌で感じました。

小山:本日は、そういったお二人の実体験から、今の、そして未来の日本を語っていただきたいと思います。

1. 台湾で見た「心に火のついた」若者たち

志向性の違いは幼少期の「自分で考えさせる」訓練から始まっている——。

小山:まずは、日本と世界の差異という観点から、人材形成の基本である「教育の違い」についてお伺いします。寒川先生は普段から「高度人材・専門人材の育成の重要性」を説いておられますが、今住んでおられる台湾と日本における教育や人材育成の違いについて、どのようにお考えでしょうか?

寒川:そもそも幼少期の教育から全く違います。台湾だけでなく、日本以外の国に共通することかもしれませんが、台湾では「考えさせる教育、素養教育」を徹底しています。心に火をつけて自己学習を促す教育です。つまり実学中心で、課題を与えて心に火をつけていく教育をずっとやっているのです。典型的な日本の教育の減点主義じゃなく、80点からプラスしていく加点主義の教育です。

小山:なるほど。寒川先生が今在籍されている国立陽明交通大学の学生さんについても、日本の大学生との違いは感じますか?

寒川:そうですね。幼少期に受けた教育そのままに、着任した日から自分で調べ始めるのです。秘書やポスドクでも自ら調べ提案してきます。これが最初は新鮮でした。日本人だと、手取り足取り教えないと動けない。台湾では基礎知識をベースに実社会の課題を考えさせるから面白くなって、最終的にはドクターまで取って本当の意味で即戦力の専門家に育っていく。交通大学のPhDは、TSMCの最先端製造ラインに入って自分のアイデアで回路や素子を作らせてもらえるのです。だから本当の高度人材を育てられるのです。

小山:志賀さんは中央教育審議会の委員として、10年近く日本の教育改革に関わってこられました。現場を見てこられた立場から、「自分で考える教育」が日本に根づかないのはなぜだと思われますか?

志賀:実はダボス会議で、当時の文部科学大臣に「今の日本の教育ではグローバルに活躍できる人材は育ちません」と申し上げたことがあり、それが縁で中教審(中央教育審議委員会)の委員を頼まれ、2020年頃まで10年近くやりました。記述式のテストを入れたり、先生が正解を教えない教育を目指したりしたのですが、現場ではやっぱり先生が教えたがるのですよ。後半は正直、諦めもあって、社会に出てから「自分で学びに行く」心構えに変える方に考えを切り替えました。

寒川:先生は本来、アドバイザーでありファシリテーターであるべきなのです。でもそのためには教員自身の能力が高くないと、課題を与えて誘導することができない。答えを言えてしまうようなものは課題にならないのです。学校と産業界などの民間が一体となった実学教育であり、人が循環するエコシステムがないと難しいですね。

小山:つまり教育だけの問題ではなく、その先にある産業界の側の問題でもある、と。

2. 一番先に変わるべきは産業界

専門性が報われる社会にならなければ、学生は勉強しない——。

小山:寒川先生は「教育より先に、産業界が変わるべきだ」とおっしゃっています。なぜ順番が産業界なのでしょうか?

寒川:産業界は新卒一括採用、いわゆるメンバーシップ型で人を採るでしょう。これを徹底したジョブ型に変えていかないと、社会の構造そのものが変わらないと思います。専門性が重要視される社会になれば、学生は一生懸命専門を勉強するし、その結果高度人材が生まれる。そうなれば「自分で考えさせる」教育ができる教員も育っていく。だから順番は産業界が先なのです。戦後復興でまずは質より量の時代は新卒一括採用でもよかったのかもしれないけれど、近年のグローバルなビジネスではそれでは立ち向かえない。日本の大学生は「海外の大学生に比べて勉強していない」と述べる方は極めて多いと思います。それは、専門性を重視しない日本型の新卒一括採用の影響ではないでしょうか?

小山:私自身も人材の会社を経営していて、採用の現場を見ていると思うところがあります。志賀さんは大企業の経営側から人事をご覧になってきましたが、どうお感じですか?

志賀:大企業に入ると5年くらい雑巾がけのOJTをやるじゃないですか。あの5年間が、本当にもったいない。日本の人事部というのも大きな問題で、一括採用して各部署に送り込むわけですが、変な人を送ると人事部が怒られる。だから結局、協調性のある、同調圧力に強い、平均的に整った人材ばかりを採用して、入口でさらに丸く整えてしまう。ある意味使い勝手はいいけれど、それでは急進的な企業成長やイノベーションの創出を主導できません。ジョブ型も今かなり曲がり角に来ていて、専門性もOJTの経験もない人に「ジョブ型だ」と言っても機能しないのです。大学側でも、早稲田でマーケティングをやりたいのに、偏差値の関係で商学部じゃなく政経学部に行ってしまう学生がいる。学んでいることとやりたいことが合っていない。企業も学生も、なんだかんだと大学名や学部のブランドや偏差値に引っ張られている印象です。

小山:これはやはり日本特有の傾向なのでしょうか?

寒川:日本特有だと思います。PhDはドクター・オブ・フィロソフィー(哲学博士)で、文系・理系と分けているのは日本だけです。文系というのはヒューマニティ、つまり人間社会そのものの学問で、その下にテクノロジーがあり、両者の間を埋めるのがアーキテクチャー(社会構造をデザインすること)です。台湾人はこれがとても強くて、メディアテックのような設計会社が生まれ、NVIDIAやTSMCと組んで世界のAI半導体を担っている。日本が一番弱いのがこのアーキテクチャーなのですよ。

小山:キャリアの積み方そのものが違う、という話でもありますね。志賀さんは海外の経営人材を間近で見てこられました。

志賀:アメリカ人は高校生くらいでやりたいことがあって、CFOになりたいならファイナンスを学んで会計事務所に就職し、足りなければMBAに戻る、というふうに自分でスキルを上げていく。日本は大学を卒業したら看板だけですよね。一橋大学の伊藤邦雄先生も、日本にはCFOが育たないと言ってCFO講座をやられています。

小山:日本だと「入社以来、ずっと経理に携わる」といったケースも多いですよね。

志賀:そうです。CFOは経理も財務もM&AもIRも全部わかっていないといけないのに、日本の会社では経理はずっと経理、財務はずっと銀行交渉になってしまう。私がCOOだった頃、GMがChapter11(米国連邦倒産法第11章。再建型の倒産手続で、日本の民事再生法に相当)で倒れた時に一緒に来てくれてCFOになった人は、会計事務所からスタートして、サーブ社やGM大宇社といった子会社のCFOで経験を積んで本体に上がってきた人でした。日本ではそういう育て方をしていない。産業が負け始めている一番の理由は、個人の能力に差がついてしまったことだと思います。京都大学で原子力を学んだ人が日産に入って、まったく関係のないシャーシやエンジンの設計をゼロからOJTで覚える、ということが普通にありましたから。

小山:専門性を積み上げた人が報われる仕組みという意味では、学位の扱いも日本と台湾で違いますか?

寒川:会社が変われば、みんな勉強するようになりますよ。台湾では学位が尊重されていて、学部卒の人もマスターを取ってキャリアを上げていく。ドクターやマスターを取っても給料が同じ、というのはちょっと悪平等じゃないかと思いますね。

志賀:日本の大企業はドクターをなかなか採用しませんよね。面倒くさいと思われてしまう。ドクターは採らないと公言する大手もあるくらいで。まあ、私自身も典型的に面倒くさい人間ですけど(笑)。自動車の世界でも、実際に車を作っているのは試作や実験にいる高専卒の人たちで、大卒のエンジニアは図面も描かず、本社でパワポの資料を作っている、ということになりがちです。

寒川:やっぱり実学をやっていないからですよね。基礎知識だけでは自分で考えて動けない。日本のドクターがなかなか活躍しきれないのは、教育の大きな問題だと思います。

3. 「独立自尊」と助け合い

台湾の強さの根っこにあるのは技術ではなく哲学。助け合うために、まず自立する——。

小山:ここまでのお話を聞くと、台湾は教育から変わったのか、それとも産業界の哲学がもともとそうだったのか、どちらなのでしょうか?

寒川:哲学や文化が大きいとは思います。台湾の教育の基本は「助け合う」です。人間中心の社会だから。ただ、助け合うためには自分がまず自立していないといけない。それが独立自尊で、小学校の頃からずっと言われる。半導体産業が生まれて、それを専業メーカーが助け合って追求してきたら世界一になった。台湾人にとってはこれが当たり前なのです。交通大学で議論していると、「先生はそう考えているのですね、じゃあ私はこれができます」と、みんな自然にチームができていく。命令したことは一度もないですよ。東北大学時代は、手取り足取り教えないと学生は動きませんでしたけどね。

志賀:昔の日本もそうだったのではないですか?

寒川:江戸時代まではそうでした。明治の中央集権で国がすべて決めるようになってしまった。江戸時代は地方分権で専門家集団もいて、日本が一番繁栄していたと思いますよ。福沢諭吉が政府に入らず独立自尊の人を作ろうとしたのも、実学ですよね。

小山:独立自尊、とても素晴らしい言葉ですね。

寒川:野球やサッカーで世界に出ていく日本人がいるのも、あれはセルフラーニングだと思います。好きな人が徹底的に追求するから突出する。同じ仕組みを教育の現場に持ち込まないと。

志賀:ソニーの技術部長から教育コーディネーターに転身した方に会ったことがあって、その方いわく、日本と海外の理系インターンに課題を与えると、課題を見つける力に差はないのに、日本の学生は「どうしたらいいですか」と聞き、海外の学生は「こうしたらどうですか?」と提案してくる、と。

寒川:台湾の学生も提案してきますよ。研究室に入る前に「先生、この3年でこれをやりたい」と言ってくる。日本は国が細かく決めすぎだと思います。先生の裁量に任せて、実学と社会の課題を教える。社会の課題を教えるには批判的な思考が必要ですが、日本の場合、過度に批判を恐れるところがある。

小山:「助け合うために自立する」という考え方は、社会のあり方そのものにもつながりますね。志賀さんは以前から「日本は公助の国になってしまった」とおっしゃっています。

志賀:自助・共助・公助で言うと、日本はどうしても公助が先に来ますよね。「誰が助けてくれるのか」から考えてしまう。借金が1300兆円もあって、これ以上公助に頼るのは難しいのに。台湾との大きな違いだと思います。

寒川:国や会社が面倒を見るという発想が定着して、地域のコミュニティが崩れてしまいましたよね。台湾は小さな政府で民間主導、儲かった人は社会に還元する寄付の文化があって、交通大学の予算も国費は4割くらい、残りは寄付などで賄っている。日本の国立大学は9割以上が国の予算と聞くので、ずいぶん違いますね。台湾は「こういう国を作ろう」という魂があって投資している。助け合いながら豊かになっている国だなと思います。

小山:それでも先生は、日本の若い世代には希望を持っておられますね。

寒川:台湾の若者は、日本人の目から見ると子供っぽく映るくらい純粋ですよ。僕自身もずいぶん純粋で素直な方ですけど(笑)、好奇心と疑問を持つ純粋な人が少ない国は、なかなか進化していかない気がしています。その点、日本の今の高校生くらいは、ゆとり教育の後の世代で、けっこう純真ですよね。交通大学にもよく訪ねてきて。で、いろいろと話をすると目が輝いている。今はかなり厳しい状況だけど、20年後に彼らが社会の中枢になったら日本も変わる、復活できると僕は思っているのです。

4. 心に火がついた人はどこへ行くのか

若い人材は「安定」と「成長」に二分化している。真に優秀で挑戦的な人材が向かう先は、大企業ではない——。

小山:その若い世代が今どこで育っているのか。志賀さんはスタートアップの現場で若い人材を見ておられますが、大企業との違いを感じる場面はありますか。

志賀:私がお手伝いしているスタートアップで印象に残ったことがあります。マレーシア企業との商談があって、プレゼンをした方があまり英語が得意じゃない新入社員で、私が「もっと上手な人にやらせて」は、と言ったら、社長が「彼が下手な英語で苦労する、この経験の方が大事なんです」と。彼は質問に答えられずボロボロでしたが、あの経験は絶対に忘れないでしょう。大企業はできるようになってからしか外に出さないから、5年間の雑巾がけになる。スタートアップでは、失敗が糧になるのですよね。

寒川:台湾の若い人の夢はスタートアップのファウンダーなのですよ。日本の若者は大企業に入ることが夢だったりする。志賀さんがスタートアップの人たちを育て、僕らが学位を持った人材を輩出する。その両輪だと思うのです。

小山:日本の若手人材は、実際にはどう動いているのでしょうか?

志賀:人材が完全に二分化していますね。安定志向がマジョリティで大企業に流れる。スタートアップ側は面白い人が多いですが、お金も研修もあまりなくて、使い捨てになりがちなのが心配で。ファウンダーって、いい意味でどこかネジが1本外れているくらいじゃないとできない仕事だと思うのです。東大の松尾研の学生が起業した「燈(あかり)」という会社は、建設や土木の現場にDXを教える、昭和的なやり方のスタートアップです。創業者の野呂さんはAIに詳しい学生起業家で、社員に現場への飛び込み訪問をさせたり、朝礼をやったり。今450名くらいに増えていて、約4割が東大生だそうです。「自分を成長させるためにこの会社に身を投げたい」と来るらしいですよ。

小山:安定志向とチャレンジ志向、実際にはどれくらいの割合なのでしょうか。

志賀:リクルートワークス研究所のデータだと、以前はチャレンジ志向の方が多かったのに、最近は安定志向が増えて逆転しているそうです。だからチャレンジ志向の受け皿になるスタートアップがもっと要る。ユニコーンが1桁では足りないのです。去年、優秀な社員の転職を止めたいという人事部長さんたちに講演を頼まれて、アドバイザー先のスタートアップ6社で大企業出身者に退職理由に関してアンケートを取りました。一番多かった理由が、生き生きした上司がいない、社内政治とホウレンソウにエネルギーを使う、そして「自分が成長できている実感が持てない」でした。静かな退職も統計では5%と言われますが、私の実感では2割くらいですね。

小山:なぜそうなってしまうのだとお考えですか?

志賀:そこで働くことに夢を感じないからだと思います。頑張っている上司も元気そうに見えない。でも給料はいいから辞めない。スタートアップに移ると、ジョブディスクリプションが曖昧で、幅広い業務を自分から拾いに行かなきゃいけないので、成長を実感できます。産業革新機構の10年間、大企業とスタートアップのマッチングもやりましたが、大企業が上から目線でベンダー扱いしてしまって、なかなか合わないのですよ。

寒川:大企業からスタートアップへ、人がどんどん移っていって変えていくのがいいと思うのですよね。心に火がつくと大企業は物足りなくなる。専業メーカーに分けていくくらいの覚悟がないと、なかなか変わらない気がします。財閥系の大企業を中心に自前主義が根強いですね。

小山:その自前主義について、私も一つ考えていることがあります。大企業の中に埋もれているIPを、勢いのあるスタートアップや人に託して、事業をやらせてみるということはできないのでしょうか?

志賀:会社によっては、やり始めていますよ。IPを抱え込むのは、競合に取られるんじゃないかという不安があるからなのです。私が社外取締役をしていた武田薬品では、事業をがんやバイオの領域にシフトした際、糖尿病領域を研究していた湘南の研究者たちが仕事を失う形になったのですが、武田はそれまでのIPを彼らに渡してスタートアップを立ち上げさせた。そこに産業革新機構から100億円を出しました。ただ一般的には、ピボットしても抱え込んだままのことが多いですけどね。

寒川:日本は自己利益の追求なのですよね。社会に還元しようという発想がないから、自己利益追求になってしまう。宝の山を社会で使ってもらう、という発想が要ると思うのです。

志賀:自動車も、ソフトウェアやAIで車が動く時代になって、データの量が競争力に直結するようになりました。日本の乗用車メーカー8社は不具合やリコールのデータを各社で抱え込んでいますが、ドイツは協調領域を大きく取って、狭い競争領域に経営資源を集中させています。日本は全部が競争領域で、半導体もかつて11社が同じメモリを作っていましたよね。

5. エコシステムをつくる

個社の自前主義ではなく、生態系へ。お二人が実際に主導する取り組み——。

小山:自前主義から抜け出して、産業をエコシステムとして育てるには、何をどう進めていくと良いのでしょうか。お二人が実際に取り組まれていることも含めてお聞きしたいです。

志賀:若者はこれから50年、60年と生きていくわけですよね。チャレンジしたいという人たちが増えてきているので、彼らが自分で成長できる場を用意してあげたい。私自身も、半導体設計のスタートアップを支援するVCのアドバイザーとして後押ししています。

寒川:台湾では産官学のエコシステムの中で人材は育成されます。台湾という環境は日本人も馴染みやすいですし、そこで実学のトレーニングを受けると人が育っていく。今、交通大学が中心になって、台湾政府と産業界が半分ずつ出資したインパクトファンドを作っているところなのです。日本の大学やスタートアップに投資して、日本のエコシステムを作って行く後押しをしていこうとしています。現在の日本には専業メーカーによるエコシステムではなく、助け合う仕組みがありません。80年代の日本の半導体は6社を足して世界シェア5割でしたが、みんな同じことをやっていて自前主義で助け合わないので負けてしまった。台湾に学びながら、日本らしいエコシステムを作っていきたいのです。

小山:企業で働く人自身も、海外から学んだり連携したりすることを自分から発案して、トライアンドエラーでやってほしいですね。スタートアップだけでなく、大企業の中からもそういう人が出てきてほしいと思います。

寒川:本来は外国の高度人材も厚遇で受け入れていかないと、エコシステムはできていかないのですけどね。そういう意味で志賀さんは、エコシステムを本当にわかっている稀有な方だと思っているのです。大企業のトップを務めながら、外国人の下で実学を積んで、自分で考えてこられた。実は僕、テレビの報道番組で志賀さんを見て大ファンになって、あるスタートアップの方経由でお会いしたのが最初です。

小山:志賀さんは今、ダイヤモンド・オンラインで「志賀見聞録」を連載されています。あの連載では何を伝えようとされているのですか?

志賀:有料版なのであまり読んでもらえないのですけど(笑)。72歳なので、自分の経験を少しでも伝えられればと書いていて、今日で18回目です。目的は3つあって、1つはカルロス・ゴーンさんと出会ったことが自分のスタートラインだったので、その後いろいろあって国外に出てしまいましたが、ビジネスリーダーとしては本当にすごい人で、誤解されすぎているということを伝えたい。2つ目は出身の日産自動車に元気になってもらいたい。そして一番の目的は、このままだと日本の自動車産業が崩壊してしまう、という危機感なのです。

小山:それほどの危機感なのですね。

志賀:グローバルシェアは日本が26%、中国が24%でギリギリ勝っていますが、今年にも抜かれると思っています。メカニカルエンジニア中心の体質のままでは、ソフトウェアやAIの時代に勝つのは難しい。だから自動車会社がスタートアップと組むしかない。日本には自動運転のスタートアップが5社あって、私が応援しているトラック自動運転のロボトラック社には、アメリカで自動運転開発に関わっていた中国出身のエンジニアがいます。そういう人材と伴走することで大企業も新しいテクノロジーを手に入れて成長する。ここにしか活路はないと思っています。

6. 未来から逆算する——バックキャスティングの重要性

目の前の課題からではなく、未来から戦略を引く。それができる経営者をどう育てるか——。

小山:志賀さんの原点にはカルロス・ゴーンさんとの出会いがある、とのことでした。経営者としての、どこがそんなにすごかったのでしょうか?

志賀:会った時、未来から来た人なんじゃないかと思いました。電気自動車の時代が来ると、2006〜7年ぐらいからEV開発を始めていて、イーロン・マスクのテスラとほぼ同じ時期なのですよね。彼は未来を語るのです。最初は妄想っぽく聞こえるのですが、それが構想になって戦略に落ちていく。日本人の経営者は目の前のことから戦略を考えてしまうので、そこの違いは大きいなと思いましたね。そこからバックキャストという考え方を学びました。よく頼まれる「2050年のモビリティ社会」という講演でも、すべてレベル5の自動運転で信号機もない未来から逆算して、今何をすべきかを考えていくのです。

寒川:まさにアーキテクトですね。社会構造やニーズを予測する能力というか。そういう経営者を、これから育てていかないといけないですよね。

小山:今の日本で、そういった経営者はいらっしゃいますか?

志賀:孫正義さんは、まさにそういった方だと思います。アームを買収した時、当時ソフトバンクの社外取締役だった柳井さんたちが取締役会で反対したそうなのです。孫さんは、今は皆さんわからないと思います、でもいずれ理由がわかりますから、と言ったそうで。アームが自動運転の世界で必ず使われるIPになる、というところまで見えていたのだと思います。

小山:志賀さんご自身も、産業革新機構で同じような判断をされてきたわけですね。

志賀:産業革新機構にいた10年間で116社のスタートアップに投資しました。今はバリューがなくてもいずれ大事になる技術に投資するには、やはりバックキャストが必要です。中国のヒューマノイドロボットがハーフマラソンを世界最速で走った話がありましたが、実際にすごかったのはAIの方で、起伏やバッテリー残量を踏まえてエネルギー配分を計算していたらしいですよ。BYDもエネルギー密度の低いリン酸鉄電池でAIを使って航続距離を伸ばしている。ローテクを改善してハイテクに変えるのはもともと日本が得意だったのに、負け続けているうちにハイテクに飛びつくようになった気がします。ラピダスの2ナノも、私にはそういう飛び方に見えるのですよね。

寒川:それこそが社会をデザインができないという事ですね。いい技術があれば売れると思い込んで、ギャップを埋めるアーキテクチャー力がない。成長投資の17分野も同じように飛んでしまっている気がします。東北大学は新しい材料やデバイスの研究はすごいレベルなのですが、日本国内ではなかなか社会実装までいかないのです。東北大学の先生を台湾にお連れして、新竹のエコシステムをお見せいたしました。その結果、台湾でもNYCUと連携して研究を始めることになりました。設計技術力があるので社会実装への道筋が描けるのでだと思います。

小山:会社の経営も同じだと感じます。日本で生まれている隠れた次のテクノロジーを組み込み、自前主義ではない形で海外の力も借りて産業を作る発想が必要ですね。

寒川:日本に一番足りないのがアーキテクチャーなので、そこが強い台湾と日本の材料デバイスの力を組み合わせれば、世界に伍する産業を生み出せるのではないか。それが日台連携を考えている理由なのです。

7. AI時代こそ人間力が問われる

データは相関しか語らない。「なぜ」を問う力と第六感——AIに渡せないものは何か。

小山:AIがこれだけ進んだ時代に、人間に残る力とは何でしょうか。志賀さんは「AI時代こそ人間力が問われる」と講演されていますね。

志賀:東大の藤本隆宏先生が、日本の自動車産業の強さを「すり合わせ」だとおっしゃっていて。現物をすり合わせる現場改善は、日本人が大好きな世界です。ただ、論理的にこうなるはずだと考えてサンプルで検証していく「V字のシステムデザイン」、アーキテクチャーと同じ意味ですね、にはなかなかならなくて、そこで自動車産業は今、苦労しています。藤本先生は早稲田に移られて、今年4月の最後の講義で、データからは相関しか出ない、人間は「なぜなぜ」で因果を問う、その追求心が次のテクノロジーを作る、最後は人間がAIに勝つ、と話されたそうです。最後まで藤本先生らしいなと思いました(笑)。でも、やっぱりそうだと思うのです。

寒川:データだけでは解けない世界が、確かにあると思います。データは情報であり知識なので、その知識を統合してユーモアや知恵を入れられるのは人間なのです。設計力というのも直感力に近いもので、AIにはできない、若い頃からのトレーニングで身につく力だと思うのです。

小山:現場の直感、という点で思い当たる例はありますか?

志賀:面白い話があって。4000トンのプレス機が突然止まる、いわゆるチョコ停を防ごうと、音や振動や匂いまでセンサーで拾うと、今度はアラートで頻繫に止まってしまう。ところがベテランの保全担当は「これは止めなくて大丈夫」と直感でわかるのですよ、第六感ですね。Geminiに「人間の暗黙知は理解できますか」と聞いてみたら、「理解できます、ただ人間の第六感は理解できません」と。理由を聞くと「第六感は何百万年の生存競争の中で遺伝子に組み込まれたものです。私たちAIには生存競争がありません」と。目から鱗でしたね。

小山:AI自身が「自分には生存競争がない」と答えた、と。

寒川:それが人間のアーキテクチャー力というか、直感力なのですよね。そこを育てないと、AIに使われる側になってしまう。

志賀:ハラリの『サピエンス全史』にも生存本能の話が出てきますよね。AIはコモディティ化していくと言われていて、ChatGPTもGeminiもClaudeも、使ってみると似たレベルになってきている。その上に何が乗るかというと人間力だと思います。「AI時代こそ人間力が問われる」。これ、講演でやるとけっこう受けますよ(笑)。さっきの自助・共助・公助の話にもつながりますが、誰かに助けてもらってばかりだと生存本能が育たない。手取り足取り支援されると、その本能が失われていくのかもしれません。

寒川:まさにヒューマニティですよね。台湾はそこをちゃんと分離融合している。AIって、質問の仕方次第で答えが変わってきますよね。一般的な質問をすると当たり障りのない答えが返ってくるのですが、「そんなはずはないだろう」と踏み込むと、「その通りです」と返ってくる(笑)。問う力こそが人間の力なのです。

次世代の日本を担うリーダーへ——3人からのエール

小山:最後に、これから会社や社会を引っ張っていく世代に向けて、それぞれ一言ずついただけますか?

志賀:まずは、自分が成長できていると実感できる場所を選んでほしいですね。なければスタートアップに飛び込んでみてもいい。英語が下手でも、経験がなくても、前に出て失敗すること自体が糧になります。そして、未来から逆算して考える、バックキャストする癖を、若いうちからつけてほしい。私がゴーンさんから学んだのは、まさにそこです。AIがコモディティ化していく時代だからこそ、人間力を磨いてほしいと思います。

寒川:僕からは、純粋さと好奇心を失わないでほしい、ということですね。疑問を持ち続けること、そのうえで専門性をきちんと磨いてほしい。助け合うためには、まず自分が自立していないといけない。独立自尊、これに尽きると思います。今の高校生や大学生が、20年後には社会の中枢になっているはずです。彼らがこれからの日本を変えていく。若い人たちに、本当に期待しています。

小山:今日のお話を私なりにまとめると、幼い頃から「自分で考える」訓練で心に火をつけること、その火を専門性として活かせる産業構造に変えること、そして個社ではなく生態系の中で人を育てること。この三つがつながって初めて、株式会社日本の次の事業が見えてくるのだと感じました。僕自身は、公助に頼りすぎず、自分の中にある生存本能というか、魂に火をつけてほしいと思っています。それは大企業にいても、スタートアップにいても同じです。この連載では、そうやって会社や社会を変えていこうとしている人たちを、これからも紹介していきます。今日は本当に、深いお話をありがとうございました。

取材・文/株式会社フェローシップ 広報担当

【次回予告】

連載「次世代の日本を担うビジネスリーダーへ」第2回は、元Jリーガーの増田繁人氏をお招きし、「プロサッカー選手のセカンドキャリアとメンタルコントロール」についてお話を伺います。
次なる変革者のストーリーにぜひご期待ください。